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物流のはじまり

縄文時代には、村同士で干し貝や木の実、塩、米などの物々交換が行われていたことから、そこでは土器や麻袋、むしろなどにものを入れて運搬し合う物流が行われていたことが想像できますが、実際には物流のはじまりはもっと早いという説もあります。

というのも、ナイフや矢じり、槍に使われていた石器は主に黒曜石といって火山岩の一種で、日本ではその産地が限られているのですが実際にはそこから数百キロ離れたり海を隔てた場所からそれらが発掘されているからで、このことから、日本の物流はすでに一万数千年前の旧石器時代に始まっているとも考えることもできるようです。

物流の日本における"本格的なはじまり"は、607年の"遣隋使"だと言われています。

"遣隋使"は聖徳太子が中国の隋に送った使者で、彼らは中央集権制度や税制などを学んで帰り、後の日本に大きな影響を与えていることから中国の優れた文化や学問を学ぶために遣わされたことになっていますが、それは名目に過ぎなかったようです。

この時代の朝鮮半島には、もともと高句麗と百済、新羅、それに大和朝廷が植民地として支配していた任那という4つの国があったのですが、それが新羅によって滅ぼされ、数回にわたる出兵によっても取り戻すことが不可能であると考えた聖徳太子は任那を取り戻すために中国の隋の力を借りようとしたのが一番の目的とされています。

この外交は文化交流の面では成功し、やがて百済や高句麗から僧がやってきて日本に仏教や暦、天文学、薬学、地理学などを伝えたり書物や物品の輸入も盛んに行われるようになり、これらと同時に品物をひとまとめにして船に積む梱包の技術も伝えられています。

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