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飛脚のナンバ走法について

江戸時代の飛脚は1日に数十㎞走るのは当たり前で、中には100㎞以上走る飛脚もいたと言われています。

私たちが通常歩いたり走ったりする時には、左手と右足、右手と左足というように左右手足を互い違いに振って走りますが、彼らの走り方は独特で左手と左足、右手と右足というように、同じ側の手足を同時に出して体をねじらない状態で走っていたと言われます。

いわゆる"肩で風を切る"という走り方で、これは"ナンバ走法"と呼ばれています。

また、厳密に言えば飛脚は走っていたというより、強歩であったということから"ナンバ歩き"と言った方が正しいかも知れませんが、この体をねじらない走法は体の消耗が抑えられるだけでなく、走る距離を伸ばすことができます。

ちょっと試しに、普通の歩き方とナンバ歩きとをやってみてください。

ナンバ歩きの歩幅の方が体全体を前に倒しやすいために、普通の歩き方の歩幅よりも2割程度長いはずです。

1歩当たりの長さがこれだけ違えば、長い時間走ればかなり距離が異なってきますね。

ところで江戸時代以前の日本人の多くはこの"ナンバ歩き"をしていたと言われます。

実際に右手右足、左手左足というように同じ方向で出して歩くと何となく不自然な感じがしますが、実は当時の人達は手を振らないで歩いたり走ったりしていたようですし、走るという行為は飛脚のような職業として行っている人以外は殆どしていなかったようです。

また農作業で鍬を使う際にも、右手を前に出して左足を前に出すというのは非常にやりにくいものでナンバ歩きで農作業が行われていました。

たとえば西南戦争で犠牲になった兵士の多くは走るのが苦手であったとも言われ、このようなことから政府は、明治維新以降の富国強兵政策では西洋流の軍事教練を取り入れたためにそれが庶民にも浸透して現在の私たちの歩き方になりました。

それまでの日本にあったナンバ歩きは、西洋流の歩き方よりもすぐれていたにも関わらず、こうして捨てられていったのでした。

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