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牛による運搬

トラックやダンボールが無い時代の運輸手段の4つ目は、"牛"です。

日本で牛を使った乗り物が最初に登場したのは4世紀から6世紀の大和時代で、日本最初の歴史書である『日本書紀』によると、この時代の牛車は後の平安時代に京都で発達した乗り物用の牛車とは異なり、荷車的な性格の強いものでした。

ところで日本人のタンパク質源は昔から、米や麦、粟、芋、大豆、魚などで賄われており、牛は食料とは関係のない存在で、一般の日本人が牛乳や乳製品、牛肉などを日常的に食べるようになったのは明治に入ってからです。

肉牛として有名な松坂牛などでさえ、昭和30年代くらいまでは "役牛"として農耕や運搬などに使われることが殆どで、最初の3~4年は農耕用として使い、次第に太って"太牛"と呼ばれる状態の牛に育ってから肉牛として売り出されてきました。

けれども、牛乳はすでに奈良時代に飲まれていたという記録も残っています。

645年の大化の改新の頃に百済からやってきた帰化人が孝徳天皇に牛乳を献上したのをきかっけに皇族用の牧場が作られてたくさんの牛が飼われるようになり、藤原一族から始まって次第に他の貴族たちの間にも牛乳を飲んだり、牛乳を発酵させて作ったチーズのような乳製品を食べる習慣が広まっていました。

この習慣は、武士の勢力がのびて次第に朝廷の力が弱まったり、仏教で殺生を禁じたりしたことから結局は次第にすたれて行くのですが、当時の人達にとって牛は手に入れやすい動物であったことから雌は酪農用に、力のある雄は荷車を曳くのに用いられていました。

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