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馬による運搬

トラックやダンボールが無い時代の運輸手段の5つ目は、"馬"です。

江戸時代は、最も盛んに行われていた人力による輸送に関しても発展の速度が非常にゆるやかで、徳川家康の時代には建築資材の輸送用として一部の地域で牛車が使われていましたが、それも大八車が普及するにつれて徐々に影をひそめて行きました。

時代が貴族社会から武士社会へと移行していく段階で、朝廷から位階を授かった上流階級の武士にしか牛車に乗ることが許されなかったことから、一般の武士たちは次第に馬に乗るようになり、牛を使う貨物の輸送などもあまり行われなくなりました。

また江戸時代に発達した"大八車"には四輪のものもあり、これだと重量物の輸送においても前後のバランスを保ちやすいことから便利ではありましたが、当時は道路が整備されていなかったり、小回りも利かなくて効率が悪いことから輸送の手段として定着することはありませんでした。

日本には昔から"馬車文化"というのはなく、明治維新まで日本では馬車のような四輪車は開発されることはなかったのです。

明治になると二輪の大八車を改良して前部に旋回が可能な小型の車輪をつけた四輪の荷馬車が登場し、大量にものを運ぶことができることから大正時代初期からトラックが登場する昭和10年代あたりまで貨物の運搬に使われてきましたが、この時代の物資の輸送は海路がメインであったため馬車は幕末に外国人居留地で使われていた程度で、本格的な運輸手段として使われることはあまりなかったと言われます。

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